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ありがとう。

いつもコメントをよせてくださったり、何かと気にかけて見守ってくださる優しいサイコさん。

そして、ときどき、お手製の美味しいパンやお菓子や可愛いものたちを、サプライズみたいに届けてくれます(人の誕生日、いつも忘れる私なのに、こないだは可愛いクッキー頂きました!!ありがとう~)

というわけで、先日の記事にも書いた、鳥さんをおすそわけしました~

そしたら、雑誌に載っちゃったくらい素敵なお部屋のど真ん中に飾ってもらえたみたいで・・・

びっくりです(@@) とっても嬉しいです。

実はこれ、完全な私のオリジナルではなく、もとネタとキットが存在します。

(心を育む人形たち―ウォルドルフの手仕事 、キットは百町森)

しかーし、あわぽん、キットは自分用に使い果たしたため、買ってきたヒノキ(たぶん)の板を糸鋸でぎこぎこ、毛糸は家にあったものでつくっちゃいました(^_^;

サイコさんは北欧大好きなので、それっぽい感じでまとめました♪

ブログ見てる方で欲しい人、キットを買うか、あわぽんの怪しい手作りでよければ、

プロフィールのところからメールくださいませ~

以前、どこかミクシィの掲示板で書いたのだけど、

外国のシュタイナーの幼稚園の先生は、ご飯も自分でつくるし、手仕事の下準備もするし、とにかく暮らしの手仕事全部をこなしながら、まるでお母さんみたいな存在なんだそうな。

今の日本では、いろんな法律があって難しいけど、そういう存在の仕事が成り立つってとても素敵だと思う。

そういう風景への憧れが、私を手仕事に燃えさせるのかもしれない。

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毎日がお祝いの日

今日は、一応クリスマスイブなんですよね。

ひねくれちゃんのあわぽんは、あんまりクリスマスに興味ないです。

でも、これを機会に、連絡をとるのを怠っていた人に強制的に連絡を取るきっかけになるので、

まあ役にたたないこともない(^_^;(これは年賀状もそうか。。。)

こういう一般的なお祝いの日って、自分で決めて動くということが苦手な人にとっては、

絶対有用な日だなぁと思います。

でもほんとはね、毎日が祝祭なんです。

たしかoshoの禅タロットのカードで、雨の中ずぶ濡れになりながら嬉しそうに踊っているカードがあったんですが、まわりがどうであろうとも、本人の内面が喜びに満ちていれば、どこでも天国!!ってことだそうで。。。

毎日がつまんないということは、何を選んだら楽しいか、自分でわかってないからだ。

人に「じゃこれは楽しい?あれはどう?」とか手取り足取り言われ、その言う通りにしたところで、絶対楽しいわけがないのだ。

でも、そこにつけこむのがビジネス。

受け身な人たちの財布をゆるませるためのビジネスがどれだけあるか。。

そして、そうやって散在したところで、快楽は一瞬で消え去るというのに。

(今日はものすごい数のケーキが消費されるんだろうな。

でも、正月明けにインフルが流行るとしたら、

それはきっと年末年始の暴飲暴食の毒だしにちがいないと思うあわぽんなのでした。)

とはいえ、

親しい人たちと、穏やかな美しい時間をすごすことほど素敵なことはありません^^

みなさん、良いクリスマスをお過ごしくださいませ~

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行動の原動力が、「不安」ではないですか?

巷では、インフルエンザが流行り始めました。

なんとこのくそいそがしい時期に、息子水疱瘡になり、診断してもらうために病院に連れて行きました。

そしたら、インフルの予防接種うつひとだらけでびっくり。

再度、この記事上げておきます。

インフルエンザワクチンは打たないで!

今週の筋トレの全体の空模様にあった言葉。

今は、人が恐怖心や不安感によって物事を選択し続けていて
それによってさらに、恐怖感や不安感が煽られ続けています。
そんな中で、この金星と海王星の重なりは
ある種の楽観を示唆しています。
悲観しすぎ
というのも、非現実的なのです。
だいたい人が後悔するのは、
楽観しすぎたときか、悲観しすぎたときかのどっちかです。
今は多くの人が、悲観と恐怖のスパイラルに陥っていて、
そういうときは、それをうまく使って人を騙そうとする人もいて、
ある種、危険でもあるのだと思います。
そんななかで、この形が
悲観と不安一辺倒の幻影を
逆方向から緩和してくれればいいなあ、なんて思ってしまいます。

注)この形、とは、山羊座に星が5つ、集まる+水瓶座の金星が海王星に重なること

もひとつリンク。

不況をあおってるのは、なぜでしょうか。

小野寺さんのメルマガアーカイブ

このままいくと、アメリカ国日本州ですか。。。

追記:ぴろこさんの日記がシンクロしているので、こちらもリンク。

偽善

(ぴろこさんの、行動力はほんとに素敵です。)

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世代的な使命。

私はあんまりテレビや新聞を読まないので、
その騒ぎ方はよく知らないが、
どうやら世の中は不況で、そんでもってその調整弁として派遣の人たちがまたまた切られ、若い学生は内定を断られたりしてるらしい。

前からずっと思ってるのだが、正社員を採用しないという形で賃金発生を抑える
という大企業のやり方、あとで絶対いたい目に合うと思う。

なぜかというと、ホロスコープ的に言うと、ある特性を持った世代=ある才能を持った世代がごっそり抜けてしまうということは、その部分について弱くなるということだからだ。

地球より遠い星達(天王星、海王星、冥王星とか)は、周期がゆっくりなので、
ある世代はみんな同じところに同じ星を持っているのだ。

どうも、既得権がおびやかされそうになると、この同じ世代達=いわゆるロストジェネレーション世代がいつもしりぬぐいをしている気がする。

自営業で長年やってる友人がひとこと、「ワークシェアリングすれば、こんな問題はないのに」

ああ、そうでしょう、正論です。
でも正しく言うと、とっくの昔に、仕事は分かち合ってます。

というより、この派遣やらフリーターやら、弱い人たちの方が手を動かして汗をかいて働いてます。仕事できないおっさんの方が高給です、往々にして。

つまり、仕事をシェアリングしなきゃいけないんじゃなくて、
マネーの方をシェアリングしてもらわなきゃってことです絶対。

(というわけで・・・まあありえない)

で、こうやって後ろを向いて、既得権の世界に目を向けると、
その少ないパイ争いに暗くなる。

でも、前を向いてみよう。

梅田さんの本から引用ばかりで申し訳ないが、
今時代は、まるで篤姫のように、江戸から明治に切り替わるくらいの、変革期
だそうな。

なので、古い価値観になじめないということは、すなわち新しいところでやっていくのに
向いているとも言えるのです^^

だから、少ない賃金で過剰労働をしいられる、派遣やフリーター、その周辺の人たち、
違う角度からみると、新しい時代を切り開くために、早く目を覚ませといわれてるのかもしれません。

星の配置だけで吉凶は言えない。
だから、こういう世代に生まれたことは、やっぱり何がしかの意味があると思うのだ。

それを考えて、生かしていくこと。

難しいけど、それしか、楽しく生きていくことには繋がらない気がする。

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パソコンを持って街へでよう

在宅での仕事スタイルが慣れてくると、今度は外に行きたくなってくる。

というわけで、いろいろ画策中。

今気になっているのが、イーモバイル。

昔では考えられない速さで、どこでもネットができます。

そして、ノートパソコンの進化。軽くて賢いのがでてますね~

でも私はVistaはキライなので、XPの中古を探しています。

そしてそして、問題は、重たい重たいデータをどうするか。

ノートパソコンのメモリーは小さいので、20G近いものだと、持ち運び用のHDDしかないかなとあきらめかけていましたが・・・

ありました。

Windows Live Sky Drive。

これ、すごいです。無期限で25Gまでファイルのっけられます。

使い方は、ホトメのアカウントがあればすぐにOK。

こういうサービスはgoogleが一番だと思ってますが、あなどれないぜマイクロソフト!!

ありがとう。おかげで私は、とても軽い荷物で、どこでも出かけて仕事ができそうです。

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マト・トリ・リス

マトリョーショカと鳥さんのモビール。
どちらも、檜の板を糸鋸でごしごし、ペイントしてから飾りをつけてます。なんでリスがツリーを持ってるかって? それは・・クリスマスだからね(^_^;

チーン。。。。
すみません、冷え込みましたね。。。

Mato Tori Risu

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けものみちをいく

このけものみち、という概念の出自は、大好きな梅田望夫さんのウェブ時代をゆく から。

ネットが発展したおかげで、誰もがほとんど無料で、セミプロの域まで行こうと思えば行ける環境が整った(=学習の高速道路)のだけど、今度はそのあたりで大渋滞が起きている、というたとえ話。

ほんと、これはすごく思います。ちょっと知りたいことがあって、検索したら、もうすごい情報がいっぱいあって、すぐに詳しくなれる。

でも、この「その道のプロ」寸前での大渋滞にはまった後、なおもその分野でプロとして飯を食い続けて行けるかどうかは、大渋滞に差しかかったあとにどう生きるかにかかる。

で、ここでどうするか。

このまま才能を磨き専門性を究め、大渋滞を抜け、その道のほんとのプロを目指すやり方もあるだろう。

でも、私はどーもこれに向かないのだ。

あっちにきょろきょろ、こっちにきょろきょろで脱線だらけ、

気が向かないことは、ほんとにできないし。

で、音楽に通じた高速道路をさっさと降りた後は、ほんとにわけもわからず猛進してきた私ですが、ここにきて、梅田さんの本を読み返し、あらためて

「自らの複数の志向性を意識的に発見しながら「好き」の複合技で「けものみち」を歩んでいく」ことを心に決めました。

だから、いろんなことに、勝手な私の興味で深く突っ込んでいくけど、いくら料理が好きでもマクロの先生にはなれなさそうだし、ホメオパシーをかじっていてもホメオパスさんにはならなさそうだし、手仕事が好きでもお教室を開くことはどうも私の志向性とは合わないのだ。

じゃあ何が向いてるんだろうか。それは、とにかくわからない。

ただ、「好き」をキーワードに突き進んでいくしかないのだ。

たとえるにはレベルが違いすぎるけど、小沢健二さんなんかもこの、けものみちをいくタイプなんだなと思う。今でも、いろんなところで昔の小沢君が良かったというコメントや、ラブリーの頃が一番だみたいな書き込みを目にするけど、もう彼はそんなところから遥か遠いところにいる。非常にわかりにくい存在になってしまった彼だけど、まさにけものみちをがんがん切り開いているなぁと思う。

小室さんなんかは、その他人から見える自分というのをとても意識するがあまり、過去の栄光に囚われすぎたんだろうなととても思う(今回のことをきっかけに、また底力を発揮してくれると信じてます)。

つまりは、やっぱり自分軸か!!

oshoの禅タロットで、ちょうどおもしろいのを引いた。

自分の人格を落とさないかぎり、あなたは自分の個であること(インディヴィジュアリティ) を見いだすことなどできない。個であることは、存在から与えられている。人格は社会が押しつけたものだ。人格は社会のなかでは都合がよい。
社会は個であることに耐えられない。個であることは、羊のように追従しないからだ。個であることにはライオンの資質がある。ライオンは独りで動く。
羊はつねに群れをなしている。群れのなかにいると楽で居心地がいいはずだと期待している。群れのなかにいると、守られて安全な感じがする。誰かが攻めてきても、群れのなかにいれば、自分を救える可能性がいくらでもある。だが、独りだと? ライオンだけが独りで動く。
そして、あなたがたひとりひとりが、生まれつきのライオンだ。だが、社会が絶えずあなたがたを羊として条件づけている。あなたの心(マインド) を羊としてプログラムミングしている。
それがあなたに人格、当たり障りのない人格、素敵で、とても都合がよく、ひじょうに従順な人格を与えるのだ。社会は奴隷を望んでいる。どんなことがあっても自由に身を捧げている人びとなど望んでいない。社会が奴隷を望むのは、特権をもつあらゆる者たちが従順さを望むからだ。

Osho One Seed Makes the Whole Earth Green Chapter 4

解説:

このカードは、あるライオンについての禅の古くからある話を思い出させてくれます。このライオンは羊に育てられたのですが、年老いたライオンに捕まって池に連れていかれ、水面に映った自分の影を見せられるまで、自分は羊だと思い込んでいました。私たちの多くは、このライオンに似ています——。私たちがもっている自己のイメージは、自分自身が直接体験したことから生じるのではなく、他人の意見から生じます。内側から育つことができたかもしれない「個であること(インディヴィジュアリティ) 」が、外側から押しつけられた「人格(パーソナリティ)」に置き換えられているのです。私たちは群れのなかのもう一匹の羊にすぎなくなってしまい、自由に動くことができず、自分自身のほんとうのアイデンティティを意識していません。池に映る自分の影をよく見て、他人からの条件付けによって自分はこうだと信じ込まされてきた、そのすべてを打ち破るために、動きだす時です。踊り、走り、揺さぶり、ジベリッシュをしましょう——。内側で眠っているライオンを目覚めさせるために必要なことは、なんでもやりましょう。

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DOLL'S YUKATA

母のつくったウォルドルフ人形用の浴衣、

海を渡って、こんなところで可愛く着こなしてもらってます。

うれしいうれしい^^

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自然派生活なちゅらる本舗 上木めぐみさんのナチュラルレシピでつくる冬のパーティー料理会

私もちょこっと通わせてもらった、上木めぐみさんのお料理教室、

なんと今回は単発で、素敵なビーガンパーティー料理を教えてくださいます♪

気になるメニューは・・・
*きのこのスティックパイ
*冬野菜ごろごろテリーヌ
*豆腐チーズのカナッペ 黒胡椒と共に
*凍り豆腐のフリット ピンチョス仕立て
*キノコ&イチゴみぞれ セクシー和え物
*新芽と冬果物のサラダ ピンクヴィネグレット
*3種のライスボール/みかん・ナッツ・ねぎ味噌
*10種の野菜のカレークリームスープ パイ包み風
*炊飯器で作る芋栗きんとん
*野菜のプティ饅頭 トリコローレ風
*米粉で作る3種のナッツ入りトリュフ
*里芋クリームと黒豆煮のクリームパフェ

うーん、パーティーにふさわしく、いつもの食材がとってもおしゃれな予感満載だー。

上木さんのお教室は、なんといっても、見た目を可愛くするひと手間が違います。

同じお料理でも、「そんなちょっとしたことで美味しそうにみえるなんて!!」とびっくりすること間違いないです^^

(私のお料理教室体験談はこちら)

まだお席に余裕がありますので、ご都合がつく方は、ぜひぜひふるってご参加下さい!! 

日時2008129日(火) 13:30~16:30 

会場クレオ大阪西 クラフト調理室

 ・大阪市此花区西九条6-1-20 電話 06-6460-7800
     ・JR環状線・阪神西大阪線「西九条」駅下車、徒歩約3分
     ・市バス「西九条」下車、徒歩約2分

会費3500円 ※ 会員は3000円 (会員=当教室受講歴ある方)


定員…先着30名 ※定員に達し次第 受付締切り

内容講師デモンストレーション + 一部参加者調理参加

料理が苦手、食べるのが得意でも大丈夫ですよ~^^

申し込みや詳しい内容はこちらからどうぞ☆

(いいなぁ、平日じゃなかったら行くのになぁ。。)

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空を飛んできたペグドール

大好きな、momoちゃんから、海をわたってペグドールが届いた。

まんなかの、シックなグレーの子と、白木のペグ、そしてお洋服にするための布。

写真の、まんなか以外の子は私がつくりました。

ちょっとヒッピーな子やら、やんちゃそうな子やら。。。

やっぱり作る人間に似てしまうのか。。。。

(画像の配置が下手ですみません。写真をクリックすると大きくなります)

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菜食はワンネスの実感を強める

ワンネスについての続き。

引き寄せの法則が流行っていて、それについて私の友人と話したこと。

確かに、願う対象が具体的でわかりやすくて、イメージしやすければしやすいほど
叶う。○○が欲しい、とか、あと○円稼ぎたい、とか・・・

でも、ほんとのほんとに自分の魂が喜ぶ方向に進みたいと思っているなら、
これらの個別具体的な願いが叶うことと、
魂の喜びが矛盾することの方が多かったりする(叶わない方が結果的に良かったりする)んですよね・・・

だから、小さな目標に向かって、ではなく、ものすごく大きなスパンで考えたときに、
自分の魂がほんとに目指してる方向で進みたい時、最近のノウハウである引き寄せの法則で言われてるような、あたかも「強く願いさえすればなんでも叶う」っていうのからははずれてしまうかもしれない。

魂がほんとに喜ぶことを明確に描くなんて、そんな簡単にできることじゃないからだ。
それじゃわざわざ人間として地球に修行しにきた意味がない。

ただ、菜食をしている人は、意志が強い、とか意志が強い人は菜食者が多いというのは、
その人の力が、その人のガンバリで大きくなってすごくなった
とかいうのではなく、体も心も自然な状態にあることで、まわりにある自然という大きなバックボーンと強く強く繋がれるようになるからではないだろうか。

つまり、その人の意志だけでなく、自然のパワーというか、自然がもっている法則がそのまま味方につくというか・・・

宗教などで、人間が意志で決めることは愚かだから、最終的にはエライ神様が決めることにゆだねなさい、みたいな教えが多いのも、このあたりの話かな、と思います。

つまり、どうあがこうが、自然の法則に反することは、いつか何かの形で淘汰されるよ、という・・・(それが今すぐに起こるわけではないけどね)

そして、菜食すればするほど、ちょっと願いが叶いやすいからって、目先の欲を満たそうなんてすると、ものすごいしっぺ返しがやってくる・・・そんな実感があります。

こんな感じでみんなが生きることができれば、法律なんかいらないんだけどな・・。

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ワンネスについて

先日の、自分にとっての矛盾・他者からみたときの矛盾の続きというわけではないけれど、
まだもやもやしていることがあるので、書くことで整理していきたいと思う。

それは、個人の意志の力と、自然のもつ力とのバランス、いや関わりについて。

私にとっては、東洋的な発想がなじむので、
八百万の神(そこらへんに落ちている石ころから、お天道様から、みーんな万物に神=宇宙の大いなる力は満ちている)という発想が好きだ。

そして同時に、マクロビオティックや、ベジタリアンの思想によくでてくる
you are what you eatという考え方もすごく実感としてわかる。

ジャンクなものや、不自然な物を食べたら、体調が悪くなったり、気持ちがざわざわしたり。
お肉大好きな人がたいてい攻撃的であるのは、食肉に加工されるときに、苦しみながら、大きな不安を抱えながら死んでいった、その想念が刻み込まれた肉やエキスを食べ、それに影響されるからだというのもよくわかる。

反面、お肉を食べているのにもかかわらず、穏やかな人もいる。
マクロビを厳格にやって育ったのに、心がいつも不安定で、不健康な人もいる。

この個人差は一体なんなんだろうか。

霊媒体質ではないけれど、まわりからの影響を受けやすい人、そうでない人がいる、
という形で結論をいってしまえばそれで終わりなんだろうか?

意志の力がまずは第一、というのはよくわかる。

食べ物からの影響だって、まずは本人の意志による選択により口に入り、それにより影響を受けたにしろ、結局それは本人のお望み通り=意志に基づいた結果だという言い方もできるかもしれない。

でも、意志さえあれば全てがうまくいく・・・それはどうなんだろうか。

ワンネスの発想から行けば、ジャンクなものを食べたり、不自然な化学物質を体に入れたり、そういうことをしても、意志をもって「私はこれらのものに影響を受けない」と決めさえすれば、それでOKというのは違う気がするのだ。

つまり、そういう不自然なものを無意識的であっても引き受けつつ、生きていくことには変わりはない。体に入ってきたこれらのものと自分は繋がっているのだから。

むしろ、そうやって、ほんとは存在しているのに、「意志」という名の自己暗示により、これらのものは存在しないように思い込むことが、体のどこかで癌をつくっていく過程に似ているのではないだろうかという思いだ。

そうか、書いているうちに気がついてきた。

ジャンクなものを食べたり、不自然な化学物質を体に入れる、と決めたその時点で、ほんとのほんとに、迷いはないのだろうか?という点で、意志の力が試されているのかもしれない。無意識のうちに、「いやだなぁ、体にいれたくないなぁ」とどこかで思っていたとしたら(それが顕在意識にあがっていなくても)結果、それらに影響されることになるのかもしれない。ここが難しいんですよね・・・・

意志。
普通、それは自分の顕在意識が決める内容のことだけを指す
と勘違いしがち。

でも。
アレルギーのような体の反応を含め、潜在意識の方が、顕在意識よりも、はるかに大きな大きな力を持っていて、普通それを簡単には操れないのだ。

そして、影響を受けてないつもりでも、潜在レベルでは必ず影響を受けている(その反応がでる時期がずれたり、あるいはわからないほど微細なレベルであらわれてる可能性あり)

そして、いくら意志の力があるとはいえ、宇宙の法則というか、自然の節理に反するような方向の意志を強くもったとしたら、その時は自然を押さえ込むかのように、思い通りになったとしても、あとで絶対違う形で歪みがでるのではないかと・・・。

だって、地球そのものがひとつの生命体だから。

なので、やっぱり私は、地球や宇宙の法則にさかわらない、菜食や、薬などの化学物質を使わないやり方を取るのがイチバン矛盾がないんじゃなかろうかと思うのだ。

というのが、今の時点での私の気づき。

あ、ではでは、先程の、お肉を食べたり不健康な生活をしていてもオーラがキラキラ輝いている人たちのことはどうなるのか?

これはまだ私にとって謎です。生まれ持っての人種がちがうのかもしれないとすら思う。生まれもった役割が違うのかもしれないし・・・
これについて何か実感としてわかったら、またいつか書こうと思います。

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