で、今夢中なのは和・和・和(3)目指すものは

美輪明宏さんもよく本でおっしゃってますが、
美しいものに囲まれると、戦争したり、人と争ったり、そういうことがほんとにどうでもよくなるのです。

そして、自分がそういうものに満たされると、他人にも優しくなれる。

畑からのとれたての大根を土がついたままどんと置くみたいに、
ちゃんと料理して盛りつけて出す、という意味での手をかける必要性はあるだろうけど、
大根をお肉の味にするために、
ひねくりまわして煮込んだり焼いたりするのは違う、ということですな。

なので、ほっておいても洋服が似合わないあわぽんは、
逆に和服は似合うのです。

めざすのは、ハレの日に着る着物でなく、普段着着物生活。
割烹着とか着たりしてね。
(ほんとに、振り袖買うなら金をくれといってパリに行った私がまさかという感じですが・・)

ただ、毎日約30kmを自転車でかっとばしている日々なのに、着物生活・・・
そんな不安を吹き飛ばしてくれたのが通崎睦美さんのこの本↓
アンティークの着物を自分流に可愛く着こなして、素敵な笑顔で写っている彼女はほんとに憧れます。

しかし、手始めによさそうな本をどんどん読みあさっているんですが、
奥の深さにあらためて、首を突っ込んで良かったのかどうか、ちょっと後悔したりして・・・

ま、でも、市で買えば、洋服より安い価格で着物と帯が手に入るし、
最近は洋布で可愛く帯を締める方法まででてるので、気軽にやってみようと思っています。
このファブリック帯はほんとに画期的だと思う。
北欧系の柄布、着物とすごく相性がいいと思うので、やりだしたらいろいろできそう!!
なにより、自分で作れるので、安価なのがポイント。

あと、何気なく買った、大久保信子さんの着付けの本もかなりおすすめ。
私、自分ではまだ着たことがないんですが、
数年前に浴衣を買った店で着付けてもらったとき、
ものすごく楽で、しかも着崩れせず感動した記憶があるんです。

が、今年、息子の園のお祭りのために、
手っとり早いのでレンタルして着付けてもらったのですが、
その着付け方がもう苦しくて苦しくて・・・。

大久保さんの着付けは、
歌舞伎など、昔の着付け方を研究なさっているということからしても、ほんとに私の好きな感じで嬉しいです。

時間はかかりそうですが、すこしずつ、新しい世界を楽しんで行きたいと思います。

新しい世界に入ることで、出会うこともどんどん増えると思うけれど、
「和」というのは、人と調和して群れるという意味だけではなく、
「和して同ぜず」人とのつきあいは腹六分、という感じでいきたいあわぽんです。

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で、今夢中なのは、和・和・和(2)価値観の転機

そして、私の流行に左右されない美意識を日常に、という発想に加え、体を楽に過ごしたいというのが繋がったのが、着物をふだんに着こなす、ということ。

突拍子もないことをまたあわぽんは思いついて・・・と言われるだろうが、やはり今までの流れから繋がっているのは間違いないんです、個人的には。。。

歌舞伎の劇場で働いていたおかげで、無料で舞台を見る機会にも恵まれ、あの時の美しさ、身のこなしにしなやかさは今でも忘れられない。お客さんたちの華麗でしとやかな着物の着こなし、いつかは私も!とジュースを売りながら漠然と思っていたことが蘇る。

それに加え、布ナプキンを愛用するようになったきっかけの三砂ちづるさん↓

からだをゆるめるということは、ゆるむべきところがゆるんでいれば、センターが通るということを教えてくれたゆる体操の本↓(着物を着るとそういう体の状態に自然となる)

そして、6月に受けた量子場調整での、センターが通った状態の体感
(量子場調整は、true seedsさんをご覧ください)

極めつけは、今号の、小沢健二さんのうさぎ!
私たち日本人が、
なんとなく全員が自分に自信がなくネガティブな原因は、
ホワイトサプレマシー(白人優越主義)に洗脳されているからだ、
という記述にひらめいてしまった。

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で、今夢中なのは、和・和・和(1)ここに至るまで

相変わらず、気に入ったことにあれこれ首を突っこんでは、放り出す
というのを繰り返しているけれども、
それが根っこは繋がっていて、
図らずもその謎解きが時々起こることがあり、最近もそんな日々が目まぐるしく続いている。

菜食も含め、
私のテーマとして一貫して根底に流れているのは、
ほんとの意味で無理をせず、自分の魂が喜ぶことってなんだろう、そして
それはどういうことをしているときだろう、
ということを追いかけてきている。

菜食対応の幼稚園を探しているうちに、
シュタイナーと出会い、食事だけでなく、シュタイナーが大切にしている美しさに日々触れるうち、
日常にこそなにげなく美しさが入り込んでいてほしい、と思うようになった。

素材ばかりに目がいっていたので、
服も部屋も地味(いわゆるナチュラル系)だったのですが、
引っ越しを機に、部屋のまんなかにイケアのグリーンのラグがやってきたのを筆頭に、
家の中にどんどん色が入ってきた。

そして、最近はまっているのが、紙を使って光と色を感じること。
不器用で貧乏な私には、ぴったりの工作!!

今思えば、小学校の時に好きで入っていた切り絵クラブや、
母の持っていた古い暮らしの手帖に連載されていた、
藤城清治さんの切り絵に原点があるかもしれない。

暮らしの手帖、いつもちょっと怖いと思いながら、
あの幻想的かつ影が強く意識された美しい挿絵とともに、物語を読むのが大好きだった。

それを思い出し、一気に火がついたのが、矢口加奈子さんの本と、中山真季さんの本。

作っているときからほんとうに楽しいし、できて、光にかざすときの喜び。

どちらも、対称な形で、しかも円形をベースにしたものを作るので、
曼陀羅をつくるときに癒されるのと同じ効果がある。
実際お二人とも、本の中で、作っていて癒される、とか涙がでてきた、とか書いてらっしゃった。

私は、地に足のついたスピリチュアルが好きなので、
こうやって自分の手を動かして癒されていく、
そのゆっくりした時間を大切にしたい。

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うさぎ!第一話(2)

さて、このお話は、灰色と、沼の原の人たちの、戦いのお話です。戦いは、水道の水をめぐって起こります。

なぜ水をめぐって起こるかというと、水がなくては、人も、植物も、動物たちも、生きて行くことが出来ないからです。

水の話は、一話にとどまらずこれからもでてきますが、ほんとにここをめちゃくちゃにされるとこわいなぁと思う。

関連してちょっと気になっている記事

QLD州、水道水フッ化物添加を開始

化学者として水道フッ素化に反対する

フッ素やめようよ―ホメオパシーフッ素のレメディFl-ac

日本でも一部の自治体で水道水にフッ素添加をしようという話がでています。

やめてくれ~

あと、ミネラルウォーター開発の問題とかもあるんですがそれは後日。

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うさぎ!第一話(1)

気が向いたときに、勝手にうさぎ!の感想を書いていきます。太字は本文より抜粋。

お金の塊を大きくするのに都合のいい世界は、人びとがおたがいを疑って、怪しんで、怖がっているような世界でした。そのために、一人一人が、一つ一つ袋に入ったあめ玉のように、ばらばらになっている世界でした。

そういう、あそこに犯罪者がいる、ここにテロリストがいる、あそこに変態がいる、というニュースは、夕方のテレビから、いつも流れていました。

灰色は、品物がつくられる仕組みを変えて、工場を、「豊かな」国々から「貧しい」国々へうつしました。そのために、「豊かな」国々の若者たちのための、きちんとした働き先は、すっかりなくなってしまいました。

夕方のニュースから、「なまけている若者」というイメージが、たっぷり流されはじめました。覚えやすい流行語がつくり出されて、くりかえされて、人びとはどんどん、本当に若者たちがなまけているような気になっていきました。

引っ越してからテレビがない。もともと見ない方だったけど、テレビ自体がないことがこんなにすがすがしいとは思わなかった。

そして、息子もあの気がヘンになったような「キャー」とか「キー」とかいう声をあげなくなった。

なにより、ニュースの断食効果。

なんだって、あのリアルな映像付きで、毎日毎日残虐な事件の詳細を知らなきゃいけないのか。どうでもよいゴシップや人をけなすだけのお笑いをみなきゃいけないのか。

こわいのは、これらが無意識に刷り込まれるってこと。

そして、ほんとに知らなきゃいけないニュースは、スポンサーなど大人の事情で報道されなかったりすることが多々あるのだ。

こわいニュースで人々をあおって、それがあたりまえのような気分にさせる。

一人一人がほんとに袋入りあめ玉になるよう洗脳される。

それから逃れる方法はいろいろあるけれど、簡単なのはやっぱり菜食をすること、テレビを消すことなんじゃないだろうか。。

灰色の思惑通り、味噌も醤油も、着るものもその他いっぱい、お金を払ってよそでつくったものを買わされる構造になっている今、これらの手仕事=文化を取り戻していきたいとほんとに思う。

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味噌を手作りする講習会とかもしてるみたいです↓

使い捨て時代を考える会

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