前にもさじ加減の話を書いたけど、どれくらいが適当かを調整しながら味付けするのは簡単なようで、よく失敗する。
友人にとっても料理上手な人がいますが、彼女の言った一言が忘れられない。
「ああ、人生のさじ加減も同じくらいうまくできたらなぁ・・。」
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例の子パパに連絡をとってみた。
どうやらまた電話番号を変えた(というか2台目を持った)みたいでややこしい。
携帯代に何万も平気で使う彼。
私が普通に電話で対応し、でも、息子に会うには先に義務を果たしてからでしょ、と言ったらわかったようなわからないような返答。
そして、私が普通の口調で(怒ったりとかではなく)対応したことに気をよくしたのか、そのあとたてつづけに電話をかけまくってくる彼。
なんで、恋人でもないのに一日に何度も電話でしゃべらなあかんねん。
とか思いながら。
今更だが、いろいろ調べているとやっぱり、彼の行動は今で言うADHDとか自閉症とかのカテゴリにばっちり入る。
このカテゴリが一般的になったのは90年代に入ってからだから、今の大人の中には、小さい頃から問題児扱いはされたけれど、そのまま本人も回りも知らず大人になったケースも多いと思う。
そして、息子も少しその傾向があるなと最近思う。
私がインディゴチルドレン、息子がクリスタルチルドレンの世代でもあるからもちろん、治療と称して薬漬けにしたりする気はないし、息子らしさ(私らしさも含む)を生かせるようにしたい。
でも、だからといって人間として最低限のマナーやルールを守れないことの言い訳にはならない。
彼らにはそこのところをイヤというほどわかってもらうしかないな、と。
具体的には、今から1年間、毎月滞りなく養育費を払えば、子どもに一度会える。
それができなければ、どれだけごねてもNO。
これって、とっても甘い方だと思うんですが・・。でも彼にとってはとてもそれが難しい。
私なんかは1を聞いて10を知る、怒られる前に気配を察知して怒られないように先回りしてなんでもこなして、それで疲れ果てるタイプだから、こういうタイプほんっと頭に来るんです。
でも。
こういう人たちを相手にしなきゃいけなくなったわけはきっとある。
たぶん、エンパスである私が、無意識にその才能を使って今まで音楽やら、親の機嫌やら、その他もろもろをうまくこなしすぎて、いつのまにかそこに自分がなくなっていたこと。
「ここまではOK,ここからはNO」と言えない私。
いや、「言うタイミングをみつけられない」のが正しい。
相手の思考プロセスが手にとるようにわかるから、
「そうよね、そういう発想になるのもわかる」とか言ってる間に機会を逃し、事が重大化していく。
よく、熟年離婚の例で、旦那さんがありえないくらいワガママで、奥さんがしびれをきらして・・というパターンありますが、奥さんのようになりかかってました、私。
私のエンパスのタイプは、知的変容型なので、そういうことに陥りやすいのかもしれない。
でも、せっかくの才能を生かすためにはまず、土台をしっかりしなきゃいけない。
江原さんが「空港」に例えて話してらっしゃったのを思い出します。きっちり整備された空港がないと、飛行機は降りてこられない、と。
私の一番苦手なことは、身近な人、愛すべき人に「ここまではOK,ここからはNO」ということ。
今までの人間関係、全許容、全否定になりがちだった。
嫌われるのがこわくて全許容、でももうもてあますところまでいって全否定・・。
このドグマから抜けられない人多いんではないだろうか。
というわけで、今週はもう一件、「ここまではOK,ここからはNO」を伝えなきゃいけない人がいます。
大好きな友人に。
つらいけど、それをしないことは自分を大事にしないことになるから、
やります。
エンパシーについて
インディゴ・クリスタルチルドレン
注意欠陥・多動性障害(ADHD)
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