豊かさの法則~40日で、富とお金を引き寄せる

豊かさの法則 40日で、富とお金を引き寄せる

タイトルだけみてると、あー、またよくある下世話な金儲け本
と思ってしまうが、
私がこれを買ったのは、ジーニーさんのブログで紹介されていて、
私の大好きなドリーンバーチューさんが愛読しているということから。

ほんとに大切なことに関わっている人達、もうちょっと生活が豊かであって
いいんじゃないだろうか?と常々思っている。

「清貧」とか言ってる場合じゃないのだ。

だから、この本は、
我欲だけに翻弄され、どこかから搾取して、
自分だけがっぽり稼いで楽できれば良いや、という
まるでフランチャイズのオーナーや石油王のような大金持ちとは
目指すところが根本的に違う。
(で、良心の呵責に苛まれ、エコカー買ったり募金して偽善してる場合じゃないよホントに)

自分という存在そのものが豊かであるということが大前提にあるのだ。

今号のベジィに、
David Duval-Smithさんのインタビューが載っていてとても素敵だったのだが、
彼も言うように、
いっぱい稼いで高価なオーガニック食品を買うだけが豊かではない、
ということも同時に考えていきたい。

とにかく、エネルギーをお金に変換させて、それを交換することで
豊かさを手に入れることもひとつの方法なんだけど、
あまりにもこのやり方のみに偏っているのが現代なんだろう。

ここに載ってるシンプルなメソッド、あわぽんも地味にやってみたいと思います。

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自作インド料理本

インド料理、とくにカレーは、どうにも自分で好きな味にできず、いつも料理屋で食べる専門な私でしたが、

スーパーのバーゲン本でひょっこり出会ったこの本

今流行りのお洒落系ベジタリアンレシピ本より前に出版されたせいか、レイアウトなどに古さを感じることもあるけれど、料理内容はカンペキ。

インド料理屋で働いていたときに食べていたまかないの味が作れるので感激!

牛乳と白砂糖は使わない私、豆乳とてんさい糖シロップで代用してたいていのものをつくってます。(さすがにヨーグルトまではやっていませんが・・・豆乳ヨーグルトの話は札幌で菜食さんに詳しいです)

いきおいあまって、業務用御用達インドスパイスさんで、スパイス一式揃えてしまいました。
ちなみにここ、ナッツ類とかシナモンスティックや全粒粉とかもあるので、
洋菓子つくる人にも安くてオススメ。
ただ、インド人の店らしく、たぶんカート管理が面倒になったらしく、
メールでいちいち書いて注文しなきゃいけません。(私なんか届かなくて、結局FAXしました。。。)
が、スパイスはたくさん入って安いし満足です。
誰かとシェアできるといいですねー。

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北欧を感じる日本の絵本2種

引っ越してきて、何が嬉しいって、図書館の蔵書が私好みなところなんですが、

この本もヒット。

中古の値段がけっこう高いことからしても、人気が伺えますね~

借りてきた本、けっこう汚れてます。それだけ読まれているってことみたい。

この変なキャラクター、なにがいいんだ

と思って借りたら、なかなか芸が細かい本。

ホネホネさんがゆうびんやさんなので、手紙を届けに行くというシンプルな話なんですが、

絵柄がこれまたモノトーンを基調としていて、
しかもちょっと切り絵や北欧のファブリックみたいな絵柄(なのに、ホネホネさんという変なキャラがそこでうごめいている・・・)

色は、表紙の裏の、マリメッコのストライプシャツみたいな青と黄色、
そして最後の方のページにでてくる空の青色のみ。なのに、読む側には、ものすごくカラフルな印象を残す不思議な本です。

もちろん、息子は、ゆうびんやさんがどこにいくのか、
嬉しそうにくいいるように見つめていました。

そして、もうひとつ息子が喜ぶ絵本、

これも、古い絵本なのに、全然古さを感じさせないです。

こちらも、主人公が届けに行くシリーズですが、
届け先の家のインテリアがいちいち、ものすごく北欧っぽいのでおしゃれ。
ツーキニストなんていない時代に書かれてる本なのに、自転車もお洒落に配置されてたりして。

そして、くり抜かれている窓を効果的につかったストーリー展開。
次は?次は?と手に汗握るスピード感。
ページをめくるのがもどかしく、読み聞かせるのにちょっと苦労。

いやー、ほんとに粋な絵本です。

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シンプルだけど、おもしろい!!

息子に読み聞かせ、を言い訳に、図書館に行ったら、綺麗な絵本を本気で探し回る私。

最近のヒットはこちら。

はじめから終わりまで、池と、亀と、ネコと、家の垣根しかでてきません。

なのに、ものすごくものすごく、子ども(もうすぐ4歳)が夢中になる。
ネコがあることをやらかすのですが、もう大笑いして、何度も読んで!と持ってきます。

白黒がベースで、池の水だけ澄んだ青。

足すのではなく、引く美しさを、このキャラ全盛で過剰な装飾があふれた今こそ、
感じてもらいたいなと母は思う。

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で、今夢中なのは和・和・和(3)目指すものは

美輪明宏さんもよく本でおっしゃってますが、
美しいものに囲まれると、戦争したり、人と争ったり、そういうことがほんとにどうでもよくなるのです。

そして、自分がそういうものに満たされると、他人にも優しくなれる。

畑からのとれたての大根を土がついたままどんと置くみたいに、
ちゃんと料理して盛りつけて出す、という意味での手をかける必要性はあるだろうけど、
大根をお肉の味にするために、
ひねくりまわして煮込んだり焼いたりするのは違う、ということですな。

なので、ほっておいても洋服が似合わないあわぽんは、
逆に和服は似合うのです。

めざすのは、ハレの日に着る着物でなく、普段着着物生活。
割烹着とか着たりしてね。
(ほんとに、振り袖買うなら金をくれといってパリに行った私がまさかという感じですが・・)

ただ、毎日約30kmを自転車でかっとばしている日々なのに、着物生活・・・
そんな不安を吹き飛ばしてくれたのが通崎睦美さんのこの本↓
アンティークの着物を自分流に可愛く着こなして、素敵な笑顔で写っている彼女はほんとに憧れます。

しかし、手始めによさそうな本をどんどん読みあさっているんですが、
奥の深さにあらためて、首を突っ込んで良かったのかどうか、ちょっと後悔したりして・・・

ま、でも、市で買えば、洋服より安い価格で着物と帯が手に入るし、
最近は洋布で可愛く帯を締める方法まででてるので、気軽にやってみようと思っています。
このファブリック帯はほんとに画期的だと思う。
北欧系の柄布、着物とすごく相性がいいと思うので、やりだしたらいろいろできそう!!
なにより、自分で作れるので、安価なのがポイント。

あと、何気なく買った、大久保信子さんの着付けの本もかなりおすすめ。
私、自分ではまだ着たことがないんですが、
数年前に浴衣を買った店で着付けてもらったとき、
ものすごく楽で、しかも着崩れせず感動した記憶があるんです。

が、今年、息子の園のお祭りのために、
手っとり早いのでレンタルして着付けてもらったのですが、
その着付け方がもう苦しくて苦しくて・・・。

大久保さんの着付けは、
歌舞伎など、昔の着付け方を研究なさっているということからしても、ほんとに私の好きな感じで嬉しいです。

時間はかかりそうですが、すこしずつ、新しい世界を楽しんで行きたいと思います。

新しい世界に入ることで、出会うこともどんどん増えると思うけれど、
「和」というのは、人と調和して群れるという意味だけではなく、
「和して同ぜず」人とのつきあいは腹六分、という感じでいきたいあわぽんです。

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で、今夢中なのは、和・和・和(2)価値観の転機

そして、私の流行に左右されない美意識を日常に、という発想に加え、体を楽に過ごしたいというのが繋がったのが、着物をふだんに着こなす、ということ。

突拍子もないことをまたあわぽんは思いついて・・・と言われるだろうが、やはり今までの流れから繋がっているのは間違いないんです、個人的には。。。

歌舞伎の劇場で働いていたおかげで、無料で舞台を見る機会にも恵まれ、あの時の美しさ、身のこなしにしなやかさは今でも忘れられない。お客さんたちの華麗でしとやかな着物の着こなし、いつかは私も!とジュースを売りながら漠然と思っていたことが蘇る。

それに加え、布ナプキンを愛用するようになったきっかけの三砂ちづるさん↓

からだをゆるめるということは、ゆるむべきところがゆるんでいれば、センターが通るということを教えてくれたゆる体操の本↓(着物を着るとそういう体の状態に自然となる)

そして、6月に受けた量子場調整での、センターが通った状態の体感
(量子場調整は、true seedsさんをご覧ください)

極めつけは、今号の、小沢健二さんのうさぎ!
私たち日本人が、
なんとなく全員が自分に自信がなくネガティブな原因は、
ホワイトサプレマシー(白人優越主義)に洗脳されているからだ、
という記述にひらめいてしまった。

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で、今夢中なのは、和・和・和(1)ここに至るまで

相変わらず、気に入ったことにあれこれ首を突っこんでは、放り出す
というのを繰り返しているけれども、
それが根っこは繋がっていて、
図らずもその謎解きが時々起こることがあり、最近もそんな日々が目まぐるしく続いている。

菜食も含め、
私のテーマとして一貫して根底に流れているのは、
ほんとの意味で無理をせず、自分の魂が喜ぶことってなんだろう、そして
それはどういうことをしているときだろう、
ということを追いかけてきている。

菜食対応の幼稚園を探しているうちに、
シュタイナーと出会い、食事だけでなく、シュタイナーが大切にしている美しさに日々触れるうち、
日常にこそなにげなく美しさが入り込んでいてほしい、と思うようになった。

素材ばかりに目がいっていたので、
服も部屋も地味(いわゆるナチュラル系)だったのですが、
引っ越しを機に、部屋のまんなかにイケアのグリーンのラグがやってきたのを筆頭に、
家の中にどんどん色が入ってきた。

そして、最近はまっているのが、紙を使って光と色を感じること。
不器用で貧乏な私には、ぴったりの工作!!

今思えば、小学校の時に好きで入っていた切り絵クラブや、
母の持っていた古い暮らしの手帖に連載されていた、
藤城清治さんの切り絵に原点があるかもしれない。

暮らしの手帖、いつもちょっと怖いと思いながら、
あの幻想的かつ影が強く意識された美しい挿絵とともに、物語を読むのが大好きだった。

それを思い出し、一気に火がついたのが、矢口加奈子さんの本と、中山真季さんの本。

作っているときからほんとうに楽しいし、できて、光にかざすときの喜び。

どちらも、対称な形で、しかも円形をベースにしたものを作るので、
曼陀羅をつくるときに癒されるのと同じ効果がある。
実際お二人とも、本の中で、作っていて癒される、とか涙がでてきた、とか書いてらっしゃった。

私は、地に足のついたスピリチュアルが好きなので、
こうやって自分の手を動かして癒されていく、
そのゆっくりした時間を大切にしたい。

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壁と卵

村上春樹さんの、エルサレム賞受章の時のスピーチに、がつんとやられました。

村上春樹さんの小説は、学生時代難しくて数冊で挫折した記憶があるけれど、
なぜかこの方の対談やインタビュー、訳した海外小説が大好きで、
そっちはたくさんお世話になった記憶があります(柴田元幸さんの訳も好き)

全文はこちら

システムは、もともとそれ自体命があるわけじゃない。
でも、わかっていても、つい壁を前にすると、自分が無力な気になってしまうのだ。

自分のやりたいことに、システムを利用することができれば、話は早いと思う。
行政の補助金を使ったり、お墨付きをもらうことで、仕事が増えたりするんだろう。

でも、いつもここで思うのが、
そのために、ほんのすこしでも、自分の望まない方向に妥協が必要だったら、
そこまでしてシステムの手を借りなきゃいけないのか?ということ。

こういうときいつも思うのが、シュタイナー学校のことだ。

国から補助金がおりないから授業料や設備費が大変だし、
学籍は不登校だという扱いで地域の公立学校からもらうことになるし、
定期代は、認可じゃないから学割効かないし・・・

国に学校法人として認めてもらう方向にエネルギーを注げば、可能かもしれない。
でも、そうすることで、
シュタイナー教育の本来のよさが失われることもあるのだ。

だから、大半のシュタイナー学校は、学校法人を目指さずやっているのだと思う。

確か彗星がやってくるそうですが、この星回りや社会情勢すべてが、
システムに頼らず、個の力に賭けてみることを薦めている、そんな気がしてます。

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勝手にレビューその2 おばけとモモちゃん

ちいさいモモちゃんのお話は、自分自身が小さかったときに読んでおもしろかった記憶が残っている。
もっと大きくなってからも、
表紙が可愛くて、それが見たくて図書館で探した記憶があります。

モモちゃん、今は息子に読み聞かせているのですが、これがもういろんな意味ですごい本だと思った。

まず、声に出して読むと、
そのリズミカルさと、シンプルで品のある言葉づかいに魅了される。
そして、でてくるモモちゃんは、
大人の思ってる架空や理想の子ども像ではなく、ほんとの子ども。

なので、息子にとっては、自分のことみたいに思えるのか、
すごくのめりこんで聴いてます。
毎晩読んでいるうちに、セリフをほとんど覚えてしまいました。

最後に、登場する大人、ママも素敵です。
子どもの変な思いつきをバカにしたりしないで、ちゃんとマジメにつきあっています。

最近の絵本は、絵が可愛いものがたくさんあるけど、
絵に頼りすぎて話がおもしろくない気がする。
モモちゃんを読んでると、お話のパワーは大切だなと思います。

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勝手にレビューその1 いかりのギョーザ

うふふ。
最近本を破らなくなってきた息子に、図書館でたくさん借りてきて読んであげている。
ってか、私が好きな色合いの本とかを選んできて、私が楽しんでるんですが^^

ってわけで、気が向いたときに、メモ代わりに勝手にレビューしていこうと思います。

さて。この本。
シュールです。

だってね、ブブコさんって、ブタなのに、挽き肉入りの餃子を作って食べる。

まあ、それはいいんです。

なんで記事にしたくなったかというと、ネタバレになりますが、
このギョーザ、プンプンと怒っている人にしか焼けない餃子なんです。

そして、それを食べた人は、にこにこ、怒れなくなってしまう。

うーん、とってもホメオパシー的です~同種療法です!!作者さん、そこまで思って話を書かれたかどうか私にはわかりませんが・・・深いです。

いろんな理由でプンプンプリプリ怒ってしまう人に、この本はおすすめです。

そしてわたくし、本物肉入り餃子は食べられませんが、お野菜の餃子は好きなので、
作りたくなってくるのでした。

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野菜だけ!?ベジタリアン上級者のみなさんへ

雑穀つぶつぶクッキングでおなじみ、大谷ゆみこさんの、

野菜だけ?―目からウロコの野菜まるごと料理術 野菜料理大図鑑

図書館にリクエストしたのに、蔵書にはしてもらえず、府立図書館から貸し出し
ということで、やっと手元にやってきたくらいの本です(たぶん、購入するほどの本じゃないと判断されたみたい)。

が、すごいですこの本。私、いるとこだけコピーしようかと思ってたら、無理です。
全ページ要ります。で、結局買いました。

そもそも、この本を知ったのは、今はもうないVEGAN KITCHENのなもたんさんに、にんじんケチャップが美味しいよと教わったから。

この本の良さがわかるのは、きっとベジタリアン上級者だろう。
というのも、載ってるお料理が地味なんだけど、食べるとものすごく美味しいのだ。
その「美味しい」っていうのも、野菜だけで日頃生きている人だからこそわかる味というか・・・

タンパク系の味が美味しいとまだ感じるゆるベジな人たちには、この本じゃなく、カフェ風のお洒落なベジタリアン料理が載っている本をおすすめします。

もどき料理、豆を多用するベジタリアン料理が嫌な私にはぴったりなこの本。
以前から、がちがちマクロビをどうかと思う、と書いてきたけど、その辺りのこともちゃんとこの本はツボを押さえていて、個人的に大感激。

・きのこなどを多用せず(マクロビやカノウさんの本とは違うね)、使うとしても干したものを使う。だしにも入れない。とくにめんつゆの作り方、大感激でした私。

(これって、陰性きつくなることの防止よね。動物性のものをたまにでも食べることがないベジタリアンやってると、しいたけ入りのだしは、ぜったいきついはず。それをだれもあまり言わないのは、やっぱりゆるベジで、こっそりお肉や魚食べながらやってる人が大半なのだろう。)

・豆類もあんまり登場しない。豆乳や豆腐で満足感を出さない工夫満載。

(あ、少しはでてきますけど、その時も、自分で凍り豆腐にするやり方、ちゃんとまな板で水切りしてから使う方法などが載っていて、陰性にならない工夫満載で、かなり嬉しいです。)

・切り方や、茹で方、いため方、保存の仕方などが、かゆいところに手が届く親切仕様。

・宅配野菜や、自分で畑やってるとわかると思うけど、同じ野菜が大量にやってきたときの美味しく食べる方法、保存方法がばっちりのっていてかなり便利。

とりあえず私は、ここの中から大根ステーキとか、トマト味噌ソース、蓮根のもっちり蒸しなどをつくりましたが、全部ヒットです。
ここまでいろいろ試行錯誤ベジ生活してきた私ですが、これで集大成っぽいです♪

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クリエイティブな暮らしはぜいたく?

昨日は、レインコートを買いに出ました。

前から買おうと思っていた、念願のエーグルのレインコート。

それまで、近所の量販店で買った普通のレインコートを使って自転車に乗っていたのだけど、これがもう全然ダメで、着てるのに雨でびしょ濡れになるという代物。

自転車に乗るたびに悲しくなっていた。

エーグルのはすごい。可愛いのはもちろん、裾にまきつけるベルト付きだし、フードも風で飛ばないように考えられてるし、袖のところも雨がはいらないようになってる。

やっぱり、少々高くても、ちゃんとしたつくりの物を買って大事にしたいなとあらためて思う。

ついでに、彌光庵(みこうあん)さんで晩御飯。

可愛いネコちゃんがいっぱいいて、息子が大喜びでした。豆系のものを食べたくなかったのでわがまま言ったら、キャベツのいためたのとか、ほうれん草のおひたしとかつけてくれて感激。幸せなひとときでした。

ここのお店、壁にいろんなものが貼ってあっておもしろいんですが、この日目に止まったのが、「仏の教えを説く人はたくさんいるけど、その真髄を教えられる人はほとんどいない」みたいな紙。

これほんとそうですよね・・・どんなジャンルにおいても。

私の育ったカトリック系の学校で、やっぱり授業や朝礼のたびに、キリストの教えが説かれたり、歌を歌わせられたりしたけど、あの意味をほんとにわかって教えてもらったことって、果たしてあっただろうかと思う。

毎日のように歌った歌に、「ごらんよ空の鳥」という歌があった。

ごらんよ 空の鳥

野の白百合も 蒔きもせず 紡ぎもせずに 安らかに生きる

どんなに 苦しい 悩みの日にも 希望を注ぐ 父がいる

友よ 友よ 今日も 讃えて歌おう

全てのものに染み通る 天の父の 慈しみを

この歌詞、今思い返すと深いですよね・・・・・

でも。少しでも良い学校に入れとけしかける先生達、この歌の意味をほんとにわかってたんだろうかと疑問に思う。勉強できなくったって、不登校になったって、勤勉でなくたって、そんなことと、神(宇宙)の恵みは関係ないよ、みんなに降り注いでるよって歌なんですがね。。。

大好きで、このブログでなんども取り上げてるずっとやりたかったことを、やりなさい。 という本にでてくる一節に、

神様は衣食住は与えてくれるだろうけど、じゃ映画を見に行ったり、ダンスの学校に通ったり、絵の具のセットを買うお金は与えてくれないのだろうか?

いや、そんなことはないだろう。だって、神様がクリエイティブなことが嫌いなら、ピンク色の花だけでわざわざ何千種類もつくるわけがないから。

というような内容があったのを思い出す。

クリエイティブなエッセンスを取り入れた日々は、しばしば贅沢な一部の人たちのものだと思い込まされてる。

でもそうじゃない。普通の人たちみんなの権利なんだ。

そうすることを、大いなる力は応援してるはず。

とあらためて思い、そして自分にまたいいきかせています。

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中谷美紀さんのインド旅行記

ベジィ・ステディ・ゴーに紹介されていた、インド旅行記 (1~4まであります)。

なぜか読みたくなって、アマゾンで全巻購入。

4巻はもう中古しかないみたいです~

どうでもいいですが、このお方、水星人(+)です。

六星占術でなく、0学占いの方では、水星人に良い場所というかキーワードに「インド」があるんです(ちなみに私も水星人(-))。

おもしろいことに、水星人で、ヨガに興味があったり、インドまでほんとに行ってしまったりする人がすごく多くて、やっぱり呼ばれてるんだなと思います。

私が働いていたインド料理屋さんも、水星人だらけでした~

さて、内容ですが、

いわゆるバックパッカーさんが読んだらあきれるかもしれないけれど、一人の女優さんがガイドさんをつける以外はほとんど自力で質素に旅をしているのはとても好感がもてます。

そして、食事の描写がとても多く、ほとんどベジタリアンのメニューです。

彼女自身、菜食に興味があるらしく、でも、食べたくなると魚は食べる(ゆるベジですね)

という素直で無理のないベジを実践しているようで、そのあたりの心の動きが全巻を通じてちょこちょこ登場するのが、とてもおもしろかったです。

インドで、日本ではみられないような、動物や魚がそのまま売られているような現場を見たことは、帰国後も彼女がゆるベジ的な暮らしをしていることに繋がったのかもしれないなと思いました。

日本では、物事の全ての過程を見ようと思ったら、あまりにも複雑すぎるけど、インドではそれがよくも悪くもありのままで転がっていて、そういうところがとても魅力だな、

とインドに行きそびれた私は思うのでした。

でも、近年のものすごい発展で、それもどうなのかなー。

追記:気分だけでもインド。Bollywood Music Radio

(ユーザー登録だけで、無料でいっぱい聴けます。)

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食堂かたつむり

先日のブログに頂いたコメントがきっかけで、読んでみました食堂かたつむり

万人受けはしなさそうですが、個人的にとってもおもしろかったです。

っていうか、この主人公の設定が他人事とはおもえなかった(笑)

~~トルコ料理店で働く主人公は、インド人の彼氏と店をだそうと夢見ていたが、ある日彼氏に、貯めたお金とか家財道具いっさいがっさいもって逃げられてしまう~~

ここから物語は始まる。
詳しいあらすじは書きませんが、内容的にはオーガニックとかロハスとかに興味がある、普通の人(not ベジタリアン)向けといった感じでしょうか?

ミスチル桜井さんたちが活動しているバンクバンドとか、ああいったオーガニックとかエコに興味がある普通食の人々をターゲットにしてるというか。

私はもしかしたら、物事突き詰めすぎてしまう射手座のせいかもしれないですが、こういう
「気付いているけどそれでも肉を食べる」的なスタンスがどうにも理解できないです。

前にもどこかで書いた気がしますが、イスラム教では、お祭りの時に、家族で小羊を1匹さばいて、「感謝して&神に捧げて」頂くという風習がある。

これはある意味筋が通っているけれど、その、
「肉を食べるということがどういうことか」
というのをごまかさずに受け止めることによる結果が、あのムスリム達の極端な行動を呼び起こしている気がしてならない。

殺されていく動物の感じる恐怖は、その血や肉や、細胞のすみずみまで行き渡る。
そして、肉を食べるということは、その恐怖や不安を一緒に食べることになるのだ。

最近お気に入りのみんなのうた、クリスタルチルドレンという歌には
"仕返しなんかいらないよ、誰もうれしくならないよ、すっきりするのは一瞬だけ"
というフレーズがあるけれど、日々食べ物から不安の原因を摂取し続ける限り、やられるまえにやり返せ的なココロの状態は、どうしても変わらないと思う。

環境問題の多くが菜食をすることで解決するように、戦って勝つか負けるか、そういう二元的な発想を超えて、みんながwinwinになっていくためには、やはり菜食がキーワードになる気がする。

昔騒がれたノストラダムスとかあんな感じの「終末」はこないとしても、菜食をするか否かが、ノアの方舟のように、「この船に乗ったらあなたは救われますよ」と言っているイメージが浮かぶのだ。

木星と火星がちょうど地球の反対側にきて、引っ張り合うような星の配置の今、どちらに行くがしっかり決めなさいといわれているような、そんな気がする日のつぶやきでした(そういえば地震とか天災多いのも関連あるかもね)。

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西の魔女が死んだ 映画化

梨木香歩さんの西の魔女が死んだがついに映画化。

予告編がとっても素敵。

詳しくはこちら

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ベジの人はどんな小説を読むんだろ

このテーマについて、ずっと前から気になっていた。

無意識であればあるほど、外からのつくられたイメージと、食べ物が結びついていく。身体感覚を伴わずに。

何がいいたいかというと、どうして小説とかテレビとかその他、幸せな場面で動物性食品を食べるんだろう。

これはもうすでに大好きなkawauso999さんのブログでも書かれているように、どうして誕生日という生を祝う日に、わざわざ大量に動物の死体や、動物から奪った乳を摂取するんだろう。。。

ケーキを食べたり、鳥のからあげを食べたりすることが楽しいと刷り込まれるのはいつ?

たぶん、まわりの大人がそうしている、とか、絵本とかテレビとかで見たり聴いたりするからだと思う。

そのくせ、パックに静かに乗って売られている動物の死体がどうやってここにやってきたかについてのイメージは全く流布されない。
いのちのたべ方という画期的な映画、みそびれたのでDVDになるのをひそかに待ってます、私。

こういう記事を書くと、あれ、あわぽん動物愛護じゃなかったんじゃないの?といわれそうですが、なんていうんだろう、もう生理的な感覚というか、もう今の私は、普通の人が幸せなイメージを喚起するような食べ物キーワードに反応できなくなっていることに気付いたのでした。

それをはっきりと意識したのが、今日よんだよしもとばななのイルカ
彼女の本からはものすごく影響を受けている。スピ系に興味をもった入り口はたぶんこの人のアムリタあたりからだと思う。なので、ほぼ今も全作品読んでいる。

でも。
今の私にはもう彼女の描く幸せ食べ物キーワードがどうにも気持ち悪くて仕方ないのだ。

大好きな彼とのデートの場面に頻繁にでてくるハンバーグとか、妹との団欒に食べるすき焼き、仲よくなったお友達と食べるオムライス。。。

この話は、生と死がキーワードになっていて、出産と、それに対比させるように、不気味な動物の剥製がでてくる。剥製の不気味さを描くことで、生の清らかさや美しさを引き立てているんだと思うんだけど、私にはどうにもこうにも、合間にちりばめられた重いこってりした動物性食品が気になってしょうがない。剥製をそんなに悪くいう、その口で美味しそうに食べるハンバーグ。。。

この種のもやもやは、めがね という映画でも思った。
ものすごく心地よい場所で、素敵な人たちが穏やかに集っているのに、どうして焼き肉を美味しそうに食べるシーンが必要なのかと。

かといって、私好みの食べ物をちりばめた話を書いたとしたら、みんな腹がふくれないし、満足しない気分をもやもやと味わうんだろうか。

食べることと生きること=思想は切り離せない、ということを、こんなどうでもいいところでもこだわってしまった私でした。

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何を相談するんだろう

牛乳に相談だ。

またやってます、大々的CM。

駅のポスターとかも金かかってます。

売れてないんでしょうね・・・最近・・・。

このHPのなかにある、このチェックにあてはまったら牛乳を飲めっていうのがあるけど、

悪いけど、それ全部逆だと思います・・。

過去記事でも新谷先生の本に触れたので、もう書きませんが。

牛さんがどんな思いでミルクをしぼられているか・・

引き離されて粉ミルクを与えられている子牛さん・・

母乳育児をしたことのあるおかあさん、それでも子どもにあげますか?牛乳。

フォローアップミルクだとかなんだとか・・もう結構!

自分がそういうことをされる想像できますか。

(今から他の動物・・例えばライオンとか猿とかがやってきて、あなたの母乳を欲しいっていってるから、ちょうだいね、と、子どもを引き離して、搾乳器でしぼられたら・・・ついでに、母乳の出をよくさせるために、たくさん食べろと大量に無理やり食べさせられたり・・)

それに私は飲まなくなってからの方が、確実に体調が良い。

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梨木香歩さん

なぜか最近、引き寄せられて読んだ2冊。

西の魔女が死んだ

からくりからくさ

どちらも、めちゃおもしろかった(何の説明にもなってない・・)

きっと、この本が出た当初、約10年前に読んでもぴんとこなかっただろう。

今の私の生活があるから、わかるフレーズがたくさんある。

そして、この2冊には、私の目指している、ちゃんと地に足をつけたスピリチュアルが描かれている。

登場人物の名前とか、その他でてくるたくさんの植物達。

小さな小さな、取るに足らないような描写の部分が、とってもツボにはまる。

梨木さんは、シュタイナー教育を学びにイギリスへ留学したらしい。

なるほど、独特の時間の流れ方に納得。

よしもとばななさんのちょっと不健全なスピリチュアルに辟易して、それからあんまり本を読んでなかった私。

久々のヒットです。

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力を抜くと力がでる

ピアノをやっていた頃の私のウリは、力が入っていないので柔らかい音がでるということ。

もう弾いてないけど。

でもどうやらこれは万事に応用がきくみたいで、太極拳とかの気の流し方がすぐに理解できた。

経絡に気を流す事のコツがつかめているんだと思う。

歌舞伎や日本舞踊、見るのもまねするのも大好きなんですが、

あの力の抜けた感じ、昔の日本人はきっと普通にしていたはず。

オニババ化する女たち 女性の身体性を取り戻す

に載っている月経血コントロールの話もそれを裏付けるお話。

母乳育児+菜食中の私は、出産からもう2年になるのにまだ生理が戻ってこない。

これも自然なことだそうで、しばらく子宮をお休みさせてあげられることは、体にとって良いことだそうです。

でもさすがにもう戻ってきそうなので、そのときは布ナプキンを使いたい!

どうせなら、キレイに使いたい!ということで、月経血コントロールの第一歩、

美人力アップのゆる体操 に挑戦。

大体内容の想像はついていたんですが、この本おもしろすぎです・・・

まず、

○体操のネーミングがばかばかしくてもう力が抜けます(^0^*

   お腹ペコポコ体操・下腹スリスリ気持ちよーく体操・水平ピシッスーイ体操etc・・

○挿絵に変なものがいっぱい書いてあってすごく微妙です(これは読んだ人のお楽しみ)。

   でもそれが理解をとっても助けます。

○体操自体があなどることなかれ、

  太極拳とかオーラを感じる方法とかと同じような仕草 がてんこ盛り。

  しかもそれが、日常の何気ない動作を基礎にしてあるところがスゴイ。

  そのつもりじゃなくても体と心のバランスがとれてくるスピリチュアルなおまけつき。

やっぱり、悟りは苦行・ガマンの連続の修行に耐えて得られるもんじゃナイ。

ヘラヘラわらって力の抜けた、そんな貴方のもとにやってくるんですよ~

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マクロビ・アイス2種

編集していたら誤って消してしまいました・・ので、また書きます。

ひとつめは以前から大好きな、カノウユミコさんのレシピをアレンジしたきゅうりとキウィのアイス。

もとのレシピは菜菜スイーツです。

メロンの話で書いたみたいに、キウィって同様に酵素きついんです。

なので、淡白なきゅうりとあわせてちょうどいい感じ。

この人のほかのレシピでも、豆乳+寒天とか、きついものをうまく中和させるツボを心得てるな、といつもびっくりです。

百均で売ってる自家製アイスを作るケースは便利。

きゅうりとキウィを凍らせて、メープルシロップを加えてミキサーで攪拌。

きゅうり1本に対してキウィ5個くらいが目安。

カノウさんは甘酒入れてはりましたが、私は手に入らなかったのでメープル。

もうひとつは、スイカアイス。

今月の天然生活からネタを頂きました。

うちは砂糖をいれず、ココナツミルク1缶、すいか4分の1個、お塩をミキサーして凍らせました。

甘くてまったりしてたまりません。

食べ過ぎるとおなかがゆるくなりますが・・・(私ココナツミルク苦手)

暑いときは、手作りアイスに限ります!

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フューチャリスト宣言

梅田さんの本は大好き。

今回の新刊はフューチャリスト宣言

ウェブ進化論の時と少し進んだな、と思ったのは、リアル世界とウェブ世界の折り合いのつけ方についてはやはり、それぞれが考えなきゃいけない、ということに少し触れてあったこと。

前は、ネットはただただすばらしい!的な感じが強かったのに、今回は割と冷静な気がしたのは私だけか?

スピリチュアルの好きな人ならよく知っている「グラウンディング」。

霊的世界を拡大しすぎると、心と体のバランスが悪くなってくるから、たとえばヨガをしたり、菜食気味の人もチョコレートとか根菜を食べたりしましょう、ってやつ。

ネットの世界に置き換えても同じ。

最終的には「それであなたはリアル世界でどう生きるの」という話に。

リアル世界で核をもつことが結局ネットの世界でも鍵になる。

それが実名でブログを書いたり、どんどんオープンにしていくということでもあるのだけど。

話は変わって、ピアノをやっていたころずっと、小学生頃から思っていたこと、それは

将来電子ピアノが生ピアノみたいに、もっと表現力がでてくるから、それには生ピアノがちゃーんと弾ける人じゃないと使いこなせない時代がくる、と。

私は結局、あまりに変なやり方で音楽を突き詰めすぎてしまって、大学卒業後にぱったりとピアノを弾かなくなったけど。

ある意味現在の私は「ギャップイヤー」とか「心のニート」的な状態で、音楽からも権威のある団体に所属することもなく、いっぱい稼ぐこともなく、ただただ考える時間はたっぷりあるという感じで。

家に帰ればチビ(1歳半)と遊んで。おっぱいをあげて。

あらいものや料理や、そうじや縫い物といった家事。

単調な作業の繰り返しは生き生きとした思考を産む。

一目づつ淡々と縫っていく針の運指や、カチャカチャとした皿を洗う感覚。

そういった作業は心をどんどん軽くする。

こういったことに時間を取られるのが損、とかマイナスイメージをもつ人多いと思うけれど、私はこれができることはすごい特権だと思う。

わざわざヨガの教室にいかなくても日々日常の中で瞑想に近い状態になれるから。

そういった生活パターンになりやすい女性は、日々すこしずつ「ギャップイヤー」があるような感じ。

なので、頭の中がすっきり整理されて、男の人みたいに体力勝負でいらない余計な仕事までがんがんすることなんて、しない。

でも。

大学を卒業してからも1年、なぜか法律をがんがん勉強することで、人生の大切なことから目をそらそうとしていたので、ほんとの意味で自由な思考に自分をもっていけるようになってからまだ3年くらい。

ついでに菜食になったのもそれくらい。

まだまだ今までの加速をつけすぎた生き方のつけは返せていない感じ。

「ギャップイヤー」を過ぎたら、きっと何か次のステップが見つかる気がします。

でもまだあと3年くらいは漂っている気がします。

なぜかというと、来年から3年殺界プラスサターンリターンだから。

それに息子も手が離れるだろうし。

私も30になるころ、私の人生が始まるんだと思っています。

梅田さん、ちょっと変な切り口の感想でしたがどうでしょう?なーんてね。

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はじめからみんなここにある

人体のことを小宇宙(ミクロコスモス)という。

そして、灯台もと暗しという言葉もある。

ネットがこれだけ普及して、知ることについての飢えが全くないようにみえる今日この頃。

なのに、私は肝心のことをまだ知らないような気がしてならない。

今日読んだ本は、賢治の学校

宮沢賢治の教師ぶりや生き方を、詩や教え子のインタビューなどを交えて鮮やかにまとめてある。

彼もベジタリアンということを最近知ったので、どんな人か気になっていたところ。

彼の童話が生まれた背景には、父親との激しい対立があったからだとか。

そう、父親の後ろには既存の社会がある。

これは今も昔も同じ。

海外旅行や留学、したいと思ったらいくらでもできる時代。

ネットを使えば世界中の人と友達になれる。

でも・・・

一番身近な人、家族、とりわけ社会につながっている父親との関係をきっちり消化できるかどうか・・?

これが一番人生における壁なんだと思う。

いろんなところに出かけて、いろんな人に会って、むやみやたらと動き回ったら、すごく自分が頑張っているような気がする。

でも、友達を100人作るより、今ある関係をきっちりと、心地よいものにできるか?

これができれば、海外にわざわざいかなくても、同じ場所で暮らしていても、景色がごろっと変わるのではないかと私は思う。

私の友人で、海外に出かけたこともないし、ネットもやったことがないけど、きっちり自分の家族問題を解決してきた人がいる。

いや、それに集中してその問題だけを解決するために生きてきたような人。

日常生活を送るのがちょっと危なっかしくて、いつものんびりぶらぶらしていて。

彼女はとっても宮沢賢治に似ている。

最近、憧れの海外留学生活を送っていた友人から葉書をもらって、

彼女のなやみごとの内容が昔とちっとも変わっていない感じで。

外向きの活動が華やかでも、内面=ミクロコスモスへの探求が十分に出来たかどうかなんて、本人にしかわからないし、解決するのは本人だけ。

賢治似の彼女のすごさをあらためて思う。

人生のテーマを知ったなら、それをやるだけ。

賢治のすごさはそれをほんとうに地で行ったところだと思う。

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こうぼっち

今月の天然生活に、中島デコさんのページがあって、そこにこうぼっちという自家製天然酵母のつくりかたが載っていた。

レーズンだけでつくるより、いろんな野菜、玄米ごはんをもとにつくるため、種が元気でパワフルなんだとか。

一度作ってみたいと思っていたら、その本家、楽健寺の山内幸子さんの本、ふたりヨーガ楽健法 をみつけました。

足を使って体をもみほぐして健康になりましょう、というのが主なのですが、施術の方法だけにとどまらず、仏教やアーユルヴェーダ、菜食の話まで幅広いエッセンスがもりこまれた内容。

ちなみにこの楽健寺パン工房(?)のある東大阪、私が息子を出産した助産院の近くで、とっても良い感じの所です。なんだか東大阪に住みたくなってきた・・・

・・まとまりのない内容になってきましたが、やっぱり食べることと生きる意味を考えること、そして住む場所、しごとなどは全部リンクしていて、切り離せないな、ということを山内さんの本を読んで強く思いました。

半農半Xが私たちの世代に流行っているというけれど、私も半分適職、半分天職ができるような体制をつくっていかなくちゃ!

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檸檬って手書きで書けない。

今日読んだ本は梶井基次郎の檸檬・城のある町にて

この人の文章のもつ空気、なんだかいろんなにおいがしてきそうで、そして映画の一場面みたいな感じもあって。

あまりに繊細すぎる描写、あれはやっぱりちょっと病気がちだったから鋭敏になっていたのだろうか?なんてつっこんで考えすぎでしょうか。

丸善の本売り場に檸檬をおくシーン。

あまりにも有名だけど、ほんと日常の飽き飽きした空間に、ぽんっと(彼によるとカーンと)檸檬をおく静かなパンク精神。

昔、オリーブという雑誌があって、それは一見おとなしそうで、真面目な雑誌のようであったけれど、そのスピリットは他の単なるファッション雑誌よりかなり独特でした。

オリーブはパンクだ!と言われたこともあったっけ。

あの雑誌に夢中になっていた世代、私たちはかなり最後の方の組になるんだけど、きっとみんなそれぞれに、あのとき心に芽を出したパンク精神の灯は消えていないと思う。

私も、ちょこっとずつでも、本屋に檸檬を置くようなパンクな試みをしてみたい。

そういうわくわく感が、おとなになってからとっても少なくなって、人生をつまんなくしているのは誰のせいでもなく自分のパンク魂が枯れてきていることなんだなー、とふと思いました。

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風水って奥が深い

今日読んだ本は目崎茂和さんの図説 風水学

風水といえば、黄色のハンカチを飾れば金運アップとかそういう短絡的かつ自己中心的でおまじないっぽくて、おばさんの大好きなうさんくさいもの、といったイメージがあるのは確か。

でも、本当はそんなものじゃない。

自分の家のマンションとかの1室だけで考えたって、効き目がないのは当たり前。

山とか海とか川とか、土地の質(台地なのか、埋め立て地なのか)とか、大きな視点での自然環境の影響は個人の力では変えられない。

それをよく知り、活用したのが昔の東洋の権力者だったとか。

この本は図がたくさんあって、視覚的に納得のいく説明が多いです。

居心地がよくて、土地も肥沃でよく栄える場所は、母親に抱かれているような地形になる、というのがとても興味深かったです。

大阪が商業の街から没落していったのは、クリスタ長堀とかをつくってしまい、お堀を埋め立てたから水の循環が悪くなり、気が滞るようになったから、という話をきいたことがあるけど、あながち嘘ではないかも知れない、と思います。

南向きが良い、と思いこむのもナンセンスで、京都は南向き、大阪は西向きに発展してきた、とか、地域によって土地の特性を生かした発展の仕方をしてきた実例に納得。

現代は科学が発達したのは良いけれど、目に見える実験結果にとらわれすぎて、まだ数値にあらわれない、でも存在する自然の力を甘く見てはいけない。

どこにいってもイオンとか大型ショッピングモールがあったり、日本全国、金太郎飴みたいな町並みばかりになったこのごろ。

国とか、大きなプロジェクトに関わる人たちにはぜひ風水を知ってもらって、土地の特性を生かしたまちづくりをしてほしいな、と願うばかりです。

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またまた自然農法

以前書いた自然農法のおすすめ本よりさらに本家を発見。

いまさらですが・・自然農法 わら一本の革命が気になります。

以前に友人からちらっとこの話を聞いていたのですが、そのときにはぴんとこなくて。

私の働いている会社は緑化をウリにしていたりするのですが、最近その手法についてとっても考えてしまいます。

同僚が、「砂漠を緑にする方法をおもいついたら儲かる」とか騒いでいましたが、福岡さんの提唱する方法(泥団子の中に100種ほどの種をいれ、ばらまく)をもし私が薦めても、はたして信じてくれるやら・・

毎日ごはんを食べて、社会生活を送って。

子どもが大きくなったら学費を稼いで良い学校に行かせて。

福岡さんいわく人間は「自作自演」。

こうせねばならないという枠から未だ抜けきれない私。

抜けるのがこわかったりもするんだけど。

このところ、私の気持ちが向いている方向がことごとく社会生活から離れていく願いばかりで、自分に手を焼いています。

石井ゆかりさんの筋トレという星占いのサイト、ジョナサンケイナーと同じくらいお気に入りな今日この頃。

水星逆行も9日で終了、さて私は次にどこへ向かいたいのでしょうか・・とひとりつぶやいてしまいます。

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ほんとにマクロな視点とは(2)

自然農法の発想からいくと、いくら無農薬・有機であってもアイガモ農法ははずれることになる。

雑草も役割があって、取り除くものではないから。

たとえば、土の乾燥を防いでくれたり、土の栄養になったり・・。

そして、もうひとつおもしろいのが、撹乱。

自然界では、特に日本は地震が多かったり、水害など様々な災害が頻繁におこる。

こういった一見マイナスに見える出来事が、土地にとっては実は大きなプラスになるらしい。

「たいへんだ!もとの状態になるようがんばらなくっちゃ」

というミミズやらいろんな微生物、その他の生命が危機にさらされることによって眠っていた生命力がよびおこされ、肥沃な土地を産む。

自然農法ではこれをトラクターなどでわざと土を掘り起こしたりして疑似「撹乱」状態をつくるらしい。

人生にも、受験の失敗とか失恋とか、病気とか失業とか、いっぱい試練がやってくる。

それも「撹乱」みたいなもので、そういった刺激のおかげで人生が充実し、成長できるのかもしれない。

水星の逆行は、明日15日から3月9日まで。

いろんなことがうまくいかなかったり停滞したりする時期となるだろうけど、あせらず急がずおこらずおごらず腐らず(愛多く)、行きたいと思っています。

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ほんとにマクロな視点とは(1)

またまた、水星逆行の時期がやってきました。

いろんなことがはかどらないけれど、ジョナサンケイナーさんによると「この世に遅延がなかったら、いくつかの出来事は機が熟す前に起こってしまう。せっかちをやめて今の計画を見直すチャンス」だそうです(一部要約)

で、今日読んだ本は村田知章さんの自然農法を始めましたです。

化学肥料やら農薬が体に悪い、自然に悪いのは百も承知。

この本を読んでさらに目から鱗だったのは、天然農薬もほんとはNGだということ。

理由は、たとえばよく用いられる木酢液も、うまく醸造しないとタールなどの毒物が発生してしまうということに加え、そもそも自然界に「害」虫は存在しないという発想。

虫が大量発生して作物が全滅するとしたら、それはそこの自然のバランスが乱れているためであって、まずはそこからなおそう、という考え。

大体、そのバランスを乱すのは人間のまいた化学肥料とか農薬だったりするんです。

これって、人間社会でもそうですよね?

アメリカみたいにテロをするやつが悪いと決めつけたり、一部の国を悪者扱いして、「やっつけてしまえばいい」的発想では何も解決しない。

だって、アメリカが化学肥料や農薬を畑にまき続けるような政治をしている限り、害虫は発生するに決まってる。自ら育つ環境を整えているようなものだから。

話は変わって、太極拳は、あんなにとろとろしてるけど、どんな武術より強い。絶対負けない。

理由は、戦わない(争わない)から。

私が子パパに腹を立て、あんなやつなんかにもう絶対に会わないと騒いでいたときに、友人が一言、「どんな人間関係も切るな。お互いを生かす道が絶対にある。そして、そうやっていればそのうち自然に合わない関係は解消されていく。ストーカー問題は、無理に関係を切ろうとするから起こる」と。

害虫と人間をいっしょくたに説明するたとえもどうかと思いますが、でも本質はここだと思う。

この世に不要な存在はなくて、同時に自分に起こる出来事にも無駄は一つもなく、必然。

私たちにできることは、そこから学びを得ること。

自分にとって不必要なものを切り捨てる人生。切り捨てる社会。

効率が良いように思えるけれど、それといっしょに私たちはたぶん大切ななにかを一緒に失ってる。

デジタルの音楽プレーヤが高周波数帯をカットしたデータをつくっていることで、たしかに恩恵をうけてます、私も。

でもレコードで聴くときほど、あの豊かな心地よさにたゆたうことはできない。

などなど・・・。

自然農法のことをあまり知らなかった私のイメージは、「なんだか草ぼうぼうで怪しい畑」ぐらいでしかなかったのですが、この本のおかげでかなり理解が深まりました。

ついでにいろいろ考えてしまいました。

ちなみに、我が家の玄米、自然農法センターさんのものです。

知らずに食べてましたが確かに美味しい。

そして、この話題まだ次回に続きます。

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サードプレイス

サードプレイスといえば、starbucksのキャッチフレーズ。

家庭でも会社や学校でもない、第3の場所。

そんな場所は、カフェだけでなくもっとたくさん必要。

今日読んだ本は子どもが学校に行かなくなったら赤飯をたきなさい!というけっこうセンセーショナルなタイトルの本。

作者の大越俊夫さんは、輝かしいキャリアを持ちながら、それを放り出して不登校の子たちのためのサードプレイス、師友塾を作る。

現在かなり規模が大きくなってきているにもかかわらず、師友塾の子ども達がキラキラした瞳ですごせる場所でありつづけているのは、やっぱりそこにいる大人達の真摯な生き方が伝わっているからだと思う。

どんな箱をつくったって、結局は中身が大切。

学校が荒れたり、不登校になる子が多いのはまるで子どもが悪いみたいにいうけれど、子どもは社会の鏡。

昔流行ったスマップの歌じゃないけど、ほんとにナンバーワンじゃなくてオンリーワンでいいよなんて言える親や教育者が一体どれだけいるか。

「他の子はハコベとかキリンソウとかパンジーでもいいよ。いろんなお花があるのはいいこと。でもうちの子にはそりゃーもー薔薇。一級品の薔薇になってもらわなきゃお母さん死んじゃう!!」とかほんとは思っているんじゃなかろうか。

昨日の新聞の、夜回り先生のコラムで、公園で焼き芋を振る舞った話を読んだ。

どんなにいたずらっ子でも、勉強が出来ない子にも、近所の大人が笑顔で美味しい手作りおやつなんかを食べさせてあげられるような余裕のある暮らしをしたら、社会も子どももこんなにすさんだ暮らしをしなくてすむのにな・・。

どうか、こういった私塾にかぎらず、大人にとっても子どもにとっても第3、第4の選択ができる場所が増えることを、願ってやみません。

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病気にならない生き方

今日も新聞に、あるあるで納豆がダイエットにいい、とか放送した効果で、スーパーの陳列棚から商品が消えたとか載ってました。

いいかげんこの手のその場限りの健康情報やめてほしい。

どうせ、お正月の暴飲暴食後、あわててやせよう!ってやつですきっと。

さて、今回読んだ本はこういう即効性を求める人には無理な健康法。

前にもちらっと触れたことがありますが、新谷弘美さんの病気にならない生き方をじっくり読んでみました。

この本、マクロビオティックとほぼ同じような内容のことを西洋医学の専門家の立場からしっかり書いてある。

私からすると、日々やっていることばかり(乳製品や動物性食品をとらない・未精白穀類をしっかり摂る・・など)なので特に目新しいことはないけれど、普通食の人や、権威主義の人を説得するのに良いフレーズがたくさんあって勉強になります。

いつも心を痛めるのが、私が菜食をすることで、普通食の人を非難したり排除したりするつもりはないんだけれど、結局そういうことと同じ行為になるときがあるということ。

よかれと思って下さったお菓子、仲良くしようと呼んで下さった飲み会。

反対に、私が美味しいと思う料理を出しても、まずいと思われたりするし・・。

つきつめていくと、どんな人と交流するか、どんな働き方をしたいか・・?

つまり食べることを見直すことは、タイトルの通り「生き方」を見直すことになるんですよね・・。

なので、やっぱり肉食が美味しいと思う人は、普段の暮らしとリンクしているわけで、たとえば激務に追われている人に、そのままの働き方で食べ物だけ菜食にしたらいい、とは私も言えない。

食べることは、人に強制されてするものじゃない。

それは、他人の人生を生きることができないのと同様に。

だから、子どもには基本的な食習慣を教えてあげて、後は自分で決めてもらいたいんだけど・・。

安心して菜食子育てできる環境をつくるのが私の責任だな。

NPO法人とかつくって、菜食の学童保育とかフリースクールとかやりたい!!とかぼんやりと思っています。

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たべるはっぱ=野草

食べやすい、口当たりがよい、などの理由で、たいていのお野菜や果物は品種改良されて、牙を抜かれたような味になっていることが多いもの。

それにくらべて、野草や雑穀の力強いこと!!

今日読んだのは、野草の料理という本。

おなじみのタンポポやハコベに始まって、カンゾウやナンテンハギ、ヨメナとか想像もつかない野草のオンパレード。

びっくりしたのが楓のてんぷら。紅葉したやつをたべるとさくさくして美味しいとか!?

カラスノエンドウにツユクサも食べるらしい。

ぜひとも一度味わってみたいのだけれど、都会暮らしでは、せっかく見つけても、わんこのお散歩ルートに生えてるものを食べるわけにはいかない・・。

この本のいいところは、作者さんの視点が温かなところ。

図鑑や辞典調の語り口ではなく、日々の暮らしで得た発見とともにさらっと綴ってあります。

お庭にイスを持ち出して本を読んで一日を過ごしたり・・

ロハスなんて流行る30年も前の話。

花粉症などアレルギーの一つの原因として、昔みたいに山菜や野草などの苦みのある野菜を食べなくなったからとも聞きます。

あったかくなったらぜひとも、野草探しに出かけたいなー、という気にさせられました。

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自然におそわる

東城百合子先生の、かならず春はくるからという本を読みました。

この本は、あなたと健康という月刊誌に約30年連載したものをまとめたものです。

そもそも、なぜ自然食、自然に根ざした生活を広めようと思ったのかというきっかけが自身の闘病生活や、離婚などのエピソードと一緒に綴られています。

たぶん、本屋さんでは手に入りにくいかもです。

マクロビを栄養学の一種としてとらえるのではなく、生き方にからめてここまでおっしゃる方は珍しいです。

給食の時間に「いただきます」という習慣があるけれど、ある親御さんが、「うちは給食費を払っているのだから、なんで感謝しないといけないのだ。食べて当たり前だから言わなくて良い」と言ったという話を聞きました。

お金さえ払えば、なんでも手に入って当たり前。

だから金を稼ぐのは偉い!!

そんな風潮のせいなのでしょうか。

「いのちはどんなに科学が進歩しても人間にはつくれません。造花と生花のちがいです。人間の知恵でない自然の智恵の尊さです。(~本文より)」

八百万の神、ということばがあるけれど、自然に対する敬意を忘れてしまったらきっと、何かの形で自分に返ってくるんだと思う。

だって、自分も自然の一部。自分の存在を認めないことにつながるのだから。

逆を言えば、自然保護とかとりたててそういった活動をしなくても、まずここにある自然=自分や家族を大切にすることで十分なんだと思います。

大切、の中身についてはよく考える必要があると思うけど・・。

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なぜベジタリアンなのか?

最近、病気にならない生き方 という本が話題なので、ちょっと読んでみました。

がん患者をたくさんみてこられた西洋医学のプロも、マクロビオティックに近い食生活を推奨していて、やっと西洋医学も追いついてきたのかな、という気がします。

学校給食についても見直さなければ、とも触れてあって、ほんとにこういう権限のある方たちがこういった本を出してくださると、学校などを説得するときに助かります(笑)

とはいえ、動物性食品の摂取を10%以下にするのが「のぞましい」とのことで、さすがにVEGANになることまでは勧めていませんが。

息子が生まれてからずっと、東城百合子さんの本を愛読していましたが、今日本屋に言ったら自然療法が「体」を変えるも平積みになっていてびっくり。

玄米菜食というか、マクロビがここまで世の中に浸透しているとは・・。

菜食やマクロをすることって、単に美容や健康、ダイエットにいいという点ばかりが強調されて、ここまで流行ってきたんだろうけど、本質はもっと違うところにあると私は思っています。

それは、人間としての意識の問題。

私はなぜ肉食をしないのか?

それは、端的に言うと、共食いをしたくないから。

そして、そうすることによって自分らしく楽に生きていけると気づいたから。

北風と太陽、という有名な話があるけれど、肉食文化~弱肉強食~が北風なら、菜食文化は太陽みたいなもの。

人をおしのけて戦わなくたって、そのひとそのひとの命を生かす場所がきっとある。

ちょうど木の葉っぱが、一枚たりとも重ならず、太陽の光を浴びることができるように。

これだけ菜食に注目が集まるということは、やっぱり大量生産大量消費の文化に限界が来ている、とみんな無意識に気づき始めているんだと思う。

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