梅田さんの本は大好き。
今回の新刊はフューチャリスト宣言
。
ウェブ進化論の時と少し進んだな、と思ったのは、リアル世界とウェブ世界の折り合いのつけ方についてはやはり、それぞれが考えなきゃいけない、ということに少し触れてあったこと。
前は、ネットはただただすばらしい!的な感じが強かったのに、今回は割と冷静な気がしたのは私だけか?
スピリチュアルの好きな人ならよく知っている「グラウンディング」。
霊的世界を拡大しすぎると、心と体のバランスが悪くなってくるから、たとえばヨガをしたり、菜食気味の人もチョコレートとか根菜を食べたりしましょう、ってやつ。
ネットの世界に置き換えても同じ。
最終的には「それであなたはリアル世界でどう生きるの」という話に。
リアル世界で核をもつことが結局ネットの世界でも鍵になる。
それが実名でブログを書いたり、どんどんオープンにしていくということでもあるのだけど。
話は変わって、ピアノをやっていたころずっと、小学生頃から思っていたこと、それは
将来電子ピアノが生ピアノみたいに、もっと表現力がでてくるから、それには生ピアノがちゃーんと弾ける人じゃないと使いこなせない時代がくる、と。
私は結局、あまりに変なやり方で音楽を突き詰めすぎてしまって、大学卒業後にぱったりとピアノを弾かなくなったけど。
ある意味現在の私は「ギャップイヤー」とか「心のニート」的な状態で、音楽からも権威のある団体に所属することもなく、いっぱい稼ぐこともなく、ただただ考える時間はたっぷりあるという感じで。
家に帰ればチビ(1歳半)と遊んで。おっぱいをあげて。
あらいものや料理や、そうじや縫い物といった家事。
単調な作業の繰り返しは生き生きとした思考を産む。
一目づつ淡々と縫っていく針の運指や、カチャカチャとした皿を洗う感覚。
そういった作業は心をどんどん軽くする。
こういったことに時間を取られるのが損、とかマイナスイメージをもつ人多いと思うけれど、私はこれができることはすごい特権だと思う。
わざわざヨガの教室にいかなくても日々日常の中で瞑想に近い状態になれるから。
そういった生活パターンになりやすい女性は、日々すこしずつ「ギャップイヤー」があるような感じ。
なので、頭の中がすっきり整理されて、男の人みたいに体力勝負でいらない余計な仕事までがんがんすることなんて、しない。
でも。
大学を卒業してからも1年、なぜか法律をがんがん勉強することで、人生の大切なことから目をそらそうとしていたので、ほんとの意味で自由な思考に自分をもっていけるようになってからまだ3年くらい。
ついでに菜食になったのもそれくらい。
まだまだ今までの加速をつけすぎた生き方のつけは返せていない感じ。
「ギャップイヤー」を過ぎたら、きっと何か次のステップが見つかる気がします。
でもまだあと3年くらいは漂っている気がします。
なぜかというと、来年から3年殺界プラスサターンリターンだから。
それに息子も手が離れるだろうし。
私も30になるころ、私の人生が始まるんだと思っています。
梅田さん、ちょっと変な切り口の感想でしたがどうでしょう?なーんてね。
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